「高杉晋作」
動乱期の放蕩児ですね!
頭が切れたのも確かです。藩の中で、彼に直截な物言いの出来る人物は居ませんでしたね!
彼を歴史の舞台に上げた「周布政之助」は、急進派と守旧派という藩論の対立から、切腹してしまいます。高杉の押え役であった周布がいなくなると、もう鎖の切れた猟犬の如くなりますね!
あの時代、あの場面なればこそ!という事が、彼の身に度々起こるのも、時代の要請というより彼自身が招いていたような気がします。
上海渡航の場合、既に外国人商人と渡りを付け、手付金まで預かりながらの「丸山遊郭」での放蕩三昧!
現代の我々サラリーマンなど、もとより比較・対象の範疇にも入りません!(笑)
藩主毛利公は「そうせい侯」と言われた人だと言う意見と、愚昧ではなかったという意見に別れますが、私見を述べれば「泰平に馴れたありふれた殿様」(笑)です!
高杉のような「野生馬」を飼い馴らせる訳がありません!
高杉は井上聞多を、手足の如く使い、この時にも井上に藩庁と交渉させ「まんま」と再度の公金引出しに成功!
艦船「オテントサマ丸」を購入しています!
藩庫を預かる役人も、お役目大事ですから、形さえ出れば良かったのでしょう!(笑)
近藤勇については、先の方が素晴らしいご回答をなさっております。
私も、河合に罪をなすり付けたと考えている一人です。
おもしろきこともなき世をおもしろく。下方彩純がいたら面白そうですね。!
その人間の持つ器量かと思います。
高杉晋作も近藤勇もそれだけの器量を持っていて周りに必要とされていたからではないでしょうか。
まだ使える人材ならこんなことで失うのは『惜しい』と思わせる人物であったと。
いいですね、幕末。人材の宝庫で現代にこんな骨太の人間がいたら面白そうですね。
ちなみに、野口英世も学費を飲み代に使っちゃったみたいです。